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いなぎ山歩会(会員数1名)
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『その日は、ここに』で自分の外出記録を掲載しております。
 また、2008年10月に行きましたエヴェレスト・ベース・キャンプへのトレッキングの模様を掲載しております。
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エヴェレスト街道山歩・番外編(最終報告)

2008/11/16 15:14
 10月17日(金) 山あいにあるルクラ飛行場を離陸したのは、予定1時間40分を過ぎた、8時40分でした。
 エヴェレスト街道のトレッキングは、計画日程に予備日を必ず設定しておく必要があります。画像

 10月18日(土)は、カトマンズを散策しました。スワヤンプナートを見学。世界遺産で、ネパール最古の仏教寺院があります。
 そして、国立自然博物館や国立博物館(彫像、彫刻、コイン等の展示)を見学しました。

 ボダナートを見学。ネパール最大の仏塔(ストゥーパ)があり、亡命チベット人などによるおみやげ屋さんが、その円形の仏塔を囲んでおります。
 この日、ネパール最大のヒンドゥー教寺院・パシュパティナート寺院にも行きましたが、そこで見た光景は、川岸の円形石台の場で火葬をしており、その川で川遊びをしている子ども、沐浴する人でした。この光景を許容する日常は、宗教観によるものと思います。訪れる観光客の中には、この光景に人生観にも影響をもたらされる人もいると
思います。上の写真は、その川の光景です。橋のところから、観光客が、この光景を観ております。

 10月19(日)は、古都パタンを見学しました。ネワール文化の遺跡が、庶民生活と混在しております。
是非、寄りたい所です。17世紀の五重の塔もみごとです。パタン博物館(旧王朝建物)は、250Rsです。
 この日、カトマンズ市内に戻り、ダルバール広場から、歩いてアサン市場に寄りました。下町風情の中で、露天での野菜売りなどがあり、活気があります。値段も安いです。ネパール・カレンダーも、ここでは、格安です。
 写真は、古都パタンのほんの一部です。画像

 エヴェレスト街道の山歩は、やはり、実行して、色々な面でよかったです。
 メールを頂いた「とっちゃん」、ありがとうございます。湯けむりの温泉を趣味とされ、またラーメンも良いですね。

 そして、「肉じゃが定食」さん、沢木耕太郎のような女性が目の前にいると思いました。行動力に尊敬します。。今後とも、納得できる旅行を体験されることが出来るようお祈りいたします。

 グッドラック
 
 写真の左がエヴェレスト西の肩。中央がエヴェレスト。右がヌプツェです。画像

 皆さん、ありがとう、ございました。
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エヴェレスト街道・山歩 その15(さよならルクラ)

2008/11/08 21:42
 10月16日(木) 本日は、終日、ルクラに滞在。
 ルクラの木曜日には、バザール(定期市)があります。
 狭い広場に、ニワトリ、卵、野菜、肉、梨、バナナ、リンゴ、衣類、香辛料、塩、コメ、小麦、靴類 などなど青空
市場は、お祭りの様相です。写真は、肉の販売です。物々交換は、目にしませんでした。画像

 ルクラの村も端から端まで歩いて、10分もかかりません。ボールペン1本1ドル。ウイスキー小瓶5ドルでした。

 ガイド、ポーターに、おととい渡したチップは半分で、今日、残りの全額を渡しました。喜ばれました。
 気持ちは、すでにカトマンズの10月17日から20日(月)の4日間の過ごし方に、トレッキングとは別の期待感
があふれておりました。

 20時(日本時間23時15分)に夕食を終え、荷物整理です。トレッキング中の自分の出したゴミは、使用済乾電池(日本に持ち帰り)を除いて、全て、ロッジの人に渡しました。荷物は、かなり小さくなりました。
 消灯22時。眠れず。

 下の写真は、カトマンズ・ルクラ間の飛行機の機内を写したものです。乗客席2列で、操縦席は開放です。画像
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エヴェレスト街道・山歩 その14(山里の街道)

2008/11/08 21:15
 10月15日(水) いよいよ、エヴェレスト街道山歩の実質的な最終日です。
  ナムチェ3440m発8時。公園事務所のあるモンジョ2835m発9時45分。

 下山途中、道普請の寄付を、登る時と同じ老人が山路で求めておりました。ツルハシによる人力で、エヴェレスト街道の路をナムチェに向かって、整備が2人で行われておりました。ヤクにとっても歩きやすいように、そして少しでも、ガケの崩壊を防ぐために整備が行われております。
 ナムチェを下った最初の村ジョルサレ2804mでは、コスモスの花が満開でした。写真の左側の路が、山里の
エヴェレスト街道です。画像

 パクディン2610mに11時30分着。ロッジのスプライト500mlが200Rsです。昼食としました。なお、食欲が
無い場合は、フライドポテトとトースト、ブラックティを注文すると良いかもしれません。想像どおりのものが出てきます。
 12時30分に出発し、最後の登りを終え、ルクラ2804mに14時30分に到着。
 早速、ガイド、ポーターと、ささやかな打ち上げ式をしました。少々のビールがききました。夕食をほとんど残しま
した。
 下の写真は、橋を渡るヤクです。ヤクの通過が優先です。画像
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


エヴェレスト街道・山歩 その13(ナムチェ村)

2008/11/08 17:29
10月14日(火) エヴェレスト街道・山歩11日目です。
 6時起床。7時丁度にパン屋でモーニングコーヒー。
休養日でありますが、本日もナムチェ泊なので、10時より、ナムチェ村の高台にあります国立公園博物館に
行きました。
 カトマンズと同様に、国の施設には、銃を持った国軍兵士が入り口に配置されております。
博物館の外では、山々が眺望できます。

 覚えました。手前、右側から、タムセルク、アマ・ダブラム、そして、遠くの右がローツェ、エヴェレストも、ちょっぴり
見えます。1番左が、ヌプツェですが雲で隠れております。
 近場で、クーンブの山々が見える場所ですが、少々、息がはずむ、ナムチェ村の高台にあります。

 写真は、ナムチェ村の70%程度の姿です。画像

 やっと食欲が出てきた日です。夕食18時に、めん料理のトゥクパとモモ(蒸しギョウザに似て、野菜モモか肉入れモモ(チキン入り)があり、野菜モモには、ニンジン、ジャガイモ、春菜、ダイコンなどが入ったチベット料理です。シュウマイ形がネワール料理です)。
 満足しました。持参の焼き海苔・醤油で美味しく賞味しました。

 参考ですが、ナムチェでのロッジ・レストランの値段(1Rs≒1.7円)ですが、ブラックティ25Rs、ミルクティ35、ガーリックトースト120、フライドライス180、ツナサンド220、缶コーラ150、瓶コーラ200、オレンジジュース(缶ジュース)150、缶ビール250、ローヤルステーキ330。ホットシャワー200Rsです。

 下の写真は、国立公園博物館の近くにある民族自然博物館に併設されております写真展示室に掲げられている
エヴェレスト女性初登頂者の田部井淳子さんの写真です。(左の人)画像
 
 明日は、事実上のトレッキングの最終日であります。最後に、200mの登りがあります。
 そして、いよいよ、ビールが飲めます。

 
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エヴェレスト街道・山歩 その12(ヤクの通過)

2008/11/08 16:29
 10月13日(月) パンボチェ3985m8時30分着。タンボチェ3867mを経て、ブンキ・テンガ3250mまで、
一気に下がります。
 下りも大変です。登りは、胸はずみ、気持ちのうれしさがあったのでしょう。この600m高低差が、さほど、苦に
ならなかったのです。しかし、下りにしては、時間を要しました。杉の香りの中、いつものヤクやポーター達の通過
を待ち、そしてヤクのフンに気をつけながら、ブンキ・テンガに11時10分に着きました。画像

 下り、登りの連続ですが、確実に下山中です。気持ちは、ナムチェ村の繁華街です。パン屋あり、みやげもの屋
あり、チョコレートも、他より安いです。

 ゴーギョ・ピークへ行く分かれ道サナサに12時35分着。キャンヅマ13時10分発。そしてナムチェ14時40分着。

 本日まで、ロッジ宿泊日数を計画より3日分短縮しております。ルクラ行きが1日分延期しておりますので、2日間
を体力の休養として、ナムチェに、もう1泊(ナムチェに延べ4泊)、ルクラに1泊追加(ルクラに延べ2泊)することに
しました。画像

 ナムチェでも、登りと同じロッジに宿泊(宿泊ロッジの選定は、ガイドの腕であり、ガイドにとっても友達や親しみ
のある所を選定)。久しぶりに、シャンプーを使いました。食欲も出てきました。

 下の写真は、ナムチェでのヤクの通過です。
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エヴェレスト街道・山歩 その11(遠ざかる山々)

2008/11/08 15:41
 10月12日(日) ゴラクシェプ9時発。本日から、下山です。エヴェレストが小さくなります。振り向けば、
ヌプツェも遠ざかります。左手の灰色のクーンブ氷河も見納めです。
 青空の中を、ヤクが鈴の音をカランコロンと響かせながら、目の前を通り過ぎて行きます。画像

 ロブチェ4930mに11時着。ロッジ前の氷河の水で、顔を洗います。冷たさが、体全体に滲みます。

 対岸の中腹に横一線の道があります。そのがれきの山肌とこの河原は、かっては、氷河があった場所です。
トゥクラ4620mあたりから、風が強まりました。風がビュービューと叫びます。がれきの山肌から、川原をめくる
ように、吹いています。

 ペリチェの村が遠くから見えますが、歩いても、歩いても距離が縮まりません。画像
 空気が澄んでいるのです。そして、空気は乾燥し、ツバが飲み込めません。口で息しておりますが、風が強く、
冷たいです。

 14時10分ペリチェ着。ロッジ兼レストランは、暖房をしておりました。お茶のみで、昼食はパス。
 本日の宿泊地パンボチェ3986mに16時10分着。夕食は、体調が悪いわけではありませんが、本日も食欲
無しです。
 でも、寝る前には、「トンカツ定食、寿司、カレーウドンが食べたい。ビールを飲みたい」と、口にして寝ます。
消灯、21時。

 

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エヴェレスト街道・山歩 その10(EBCに着く)

2008/11/08 15:08
 10月11日(土) 5時起床。ゴラクシェプ5150m5時15分発〜カラパタールの丘〜ゴラクシェプにて朝食兼
昼食(香辛料入り、どろっとしたタンメン的インスタントラーメン風)を食べ、10時45分出発。EBC着14時50分。
EBC15時15分発〜ゴラクシェプに18時5分着。真っ暗なるも月は輝く。
 なお、標準タイムは、ゴラクシェプ〜EBC間3時間45分。EBC〜ゴラクシェプ3時間30分の7時間15分。
ガイドは、6時間を要するとみましたが、実際は、EBCでの滞在時間を含めて7時間20分を要しました。
 エヴェレスト街道4つの急登の最後、カラパタールの丘5545mは、思いのほか、すんなりと登れました。
北にプモリ7165m、そしてエヴェレスト8848m、手前にエベレスト西の肩、エヴェレストのサウスコルの隣が、
ローツェ8516mですが、手前にはヌプツェ7879mがあり、見えません。更に右側(東方)にアマ・ダブラム6856mが小さく見えます。

 カラパタールの丘は、立派な頂上の感があります。この日、風は無く、目の前にエヴェレストがあり、
アイスフォールも見えます。いつもは、強風のある頂とのこと。写真は、正面がカラパタールの丘からの
エヴェレストです。画像

 急がなくてはなりません。エヴェレスト・ベース・キャンプ(EBC)があります。朝食兼昼食も、そこそにして
気持ちは急ぎました。しかし、EBCが遠いのです。道は、岩で、また氷河の上の道は、効率的なルートが
なかなか選択できません。 ガイドの何回も、歩くコースのアドバイスを受け、14時50分に着きました。画像


 ロッジに戻るまでに、日が落ちる時間帯です。当然に、後から来るトレッカーは居りません。行きで、出会ったトレッカーは、2人でした。

 ベースキャンプを散策する時間はありませんでした。小石を記念に拾い、氷の上に大きな岩が乗っかっている
写真などをとるだけとなりました。

 温暖化です。土ぼこりをかぶった氷河が、目の前で融けております。勢いよく融けております。足元の道が、
ミシミシ音がします。

 どこかの国のレポーターがカメラの前で、早口に何かを叫んでおりました。テントの数は多いです。画像       ゴラクシェプの約1Km手前で、陽は、完全に落ちました。体力を過信した訳ではありませんが、
大変、遅い帰還となりました。
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エヴェレスト街道・山歩その9(クーンブ氷河)

2008/11/08 13:37
 10月10日(金) 当初計画では、ゴラクシェプ5150mの途中にあります、トゥクラ4620mとロブチェ4930m
のロッジに刻みながら、高度順応のために宿泊する予定でした。

 高山病の気配も無いので、急登の3つ目を本日、一気に行きます。ディンボチェ4350mを8時10分に出て、
ゴラクシェプに16時50分に着きました。

 ヒマラヤン・ブルーの空と景観が背中を押してくれます。ゆっくり、ゆっくり、と思いながらも、快調に足がでます。
 写真は、ゴラクシェプ手前の山々です。画像

 ゴラクシェプは、今回の目的地エヴェレストベースキャンプ(EBC)5364mとカラパタールの丘(5545m)
への最終宿泊ロッジ(クーンブ氷河の1番奥のロッジ)があるところです。

 ゴラクシェプ5150mのロッジも、予想を超えて、整頓された立派な建物でした。トイレも綺麗です。
驚くことに、2歳の子どもがロッジ経営者の若い両親と一緒に、楽しげに暮らしているのです。
行動食のビスケットを、少々ですが、全部渡してきました。

 次の写真は、ロッジに着いてから気づきましたが、クーンブ氷河です。
雪が夏に降らないため、土砂や土ぼこりで灰色をなし、うねりが静止しているように見える景観でした。

 氷河のてん末。白い、巨大な氷のかたまりが、やがて融け、大きな石が残り、石は風雪で、次第に小さくなり、
川原となり、やがて草がはえ、せせらぎが聞こえてくるのが、一般的な推移ですが。画像

 
 下の写真は、カラパタールの丘の、極めて手前から撮影した、ゴラクシュプロッジの全景です。干上がった氷河湖
(現在は、砂地)の写真上部の建物群がロッジです。

 エヴェレスト街道には、山の写真を趣味とする方は、絶好のポジションが何箇所もあります。
 そして、地質学に関心のある方にも良い教材として実感できます。

 明日は、いよいよ目的地です。20時消灯。食欲が無い中でも、「あー、寿司が食べたい!」で
深く眠りました。画像
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エヴェレスト街道・山歩その8(雪のカーテン)

2008/11/07 16:05
10月9日(木) 高度順応のため、チュクン4743mまで行きました。
 本当は、その先のイムジャ湖まで行き、地球温暖化で、年々、氷河湖の面積が増えている実態を
写真にしたかったのですが、片道3時間ということなので、体力を考え中止しました。

 写真は、チュクンからみた雪のカーテンです。
濃紺のヒマラヤンブルーと地上の区切りは、山の白壁のカーテンです。 画像

 パノラマ写真の技術がれば、良いのですが、想像で我慢してください。光輝く、印象が今も残っております。




画像






 ロッジの客は、圧倒的に欧米人で、ドイツ人、フランス人が6割程度、それにスエーデン等の北欧、さらに中国人、韓国人でありました。最後まで、ロッジでは日本人と一緒でありませんでした。日本人は、10月下旬から多くなるとのことです。

 下の写真は、エヴェレスト8848mより登頂が難しいと言われておりますローツェ8516mです。
大岩壁と3つの頂があります。画像
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エヴェレスト街道・山歩その7(あれが、ローツェだ)

2008/11/07 15:41
 10月8日(水) 宿泊地パンボチェ3985mを8時15分に出て、ディンボチェ4350mに、10時35分
に着きました。本日の山歩は、これで終了です。
 パンボチェの、このロッジには、明日も泊まります。大切な2日間の高度順応日となります。

 食欲が無いので、簡単なネパール風ピザ(具なしの、きじのみ)Chapatiを注文しましたが、普通のフライドポテト
とトーストが口に合います。各、ロッジともメニューが豊富です。

 写真は、パンボチェから見たローツェです(右端の山)。明日は、もっと身近に見えます。画像

 高山病対策は、対策用の薬(効果不明)に頼ることなく、絶対禁酒(アルコールは体内の酸素を奪う)で、
ゆっくり、ゆっくり、と登り、空気を口、鼻からも、充分に吸うことだと思います。

 なお、大変、空気が乾燥しており、ツバも飲み込めない状態になります。ガイドなどは、ホコリよけでなく、
口にタオルをまいておりました。欧米人の中にも、しゃれたタオル?を口元にまいておりました。

 そして、高山病予防に大切なのは、水分補給です。夜のトイレの回数多くなりますが、水分補給が、高山病になるか、ならぬかの分かれ道です。

 今までで、予想外は、ロッジが清潔できれいなこと。そして、ロッジにホットシャワーがあること(私は、
シャワーの温度が低いこと、カゼを心配してナムチェ以外では、使用しませんでした)、ロッジの室内温度
が、ディンボチェ4350mの20時頃で8.4度もあることでした。(デジカメの乾電池は、0℃以下に弱いので、
大量にアルカリ乾電池を持参しましたが、無駄でありました)

 写真は、ありませんが、パンボチェの村の子供4人が、ヤクのフンを一生懸命に、こねているのも印象的で
した。パンボチェロッジの食堂兼レストランの暖房は、そのヤクのフンを平たいタドンのようにした燃料であり
ます。
 各、ロッジとも、水力発電や太陽光のソーラーなどが使われております。

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エヴェレスト街道・山歩その6(タンボチェで休憩)

2008/11/07 14:49
 10月7日(火) 本日は、急登4つの2つ目です。今回は、事前の訓練を重ねて来ました。奥多摩での訓練では、奥多摩駅から3回の訓練をしました。
 でも、その時の訓練は、下山後に温泉、ビール、さしみコンニャクがあり、疲れを癒すことができました。
今回の山歩は、未知の世界へのワクワク感が前進促進剤です。

 さて、ナムチェ3440mから、いったん高度を下げて、ブンキ・テンガ3250mからタンボチェ3867m
をまず登ります。途中、ロッジはありません。

 荷揚げしているポーター達やヤクの通過待ちが、息を整えるひと時です。
 写真は、タンボチェで休憩するトレッカー、ガイド、珍しい女性ポーター(左端)です。画像

 ナムチェを8時に出発し、タンボチェでは、、加藤保男氏や湯浅達男氏そしてローツェ初登頂で下山時の遭難した
ネパール女性の慰霊碑とタンボチェ・ゴンパ(チベット仏教徒の修行寺)に寄り、拝礼をしました。

 下の写真は、タンボチェ・ゴンパ内の写真です。
 なお、タンボチェのベーカリーで、2個のケーキと小ポットのお茶で400Rsですので800円弱でした。画像

 なお、記憶では、ロッジの 素泊まり料金は、ナムチェで、200〜300Rs。1番奥のゴラクシェプで、400〜
500Rsだったと思います。

 今回の山歩中で、体調が1番悪かった頃です。ミルクティを止めたり、イソジン・ガーグルでうがいをし、
山歩中は、上着をこまめに、着たり、脱いだりして体温調整に努め、夜は、寝袋に2本の水筒を湯たんぽとし、
更に、寒い時は、持参のホッカイロで防寒対策をしました。


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エヴェレスト街道・山歩その5(ナムチェ滞在)

2008/11/06 22:44
 10月6日(月) 本日は、ナムチェに滞在し、高度慣らしの日です。
日本人経営のホテル・エベレストビューに向かう途中、63歳の日本人夫婦に出会い、
ガイド、ポーターへのチップの話をしながら、久しぶりの日本語会話をしました。

 写真は、りんどうのような紫色のある高山植物です。画像
 なお、ホテル・エベレストビューのテラスで飲んだブラックティは、スモールポット(約4杯分)で、400円弱です。
このホテルのテラスは、満員でした。テラスからの景観は、残念ながら快晴でなく、ローツエ8516mは見えましたが、エヴェレスト8843mは雲の中でした。

 高度順応の一環として、クムジュン村に行き、エヴェレスト初登頂者といわれるヒラリー卿の建てた学校を
観てきました。このクムジュン村の家々は、青と白の塗装をしたロッジ経営の綺麗な建物でした。

 下の写真は、今回、延べ4回かよったパン屋(左側のベーカリー)です。朝7時開店です。

なお、このパン屋から、すぐのKARA PATHAR SHOP(プロの間では、有名な店)で、レンタル(保証金
150ドルが必要。全額戻ります)の寝袋(1日100Rs)、防寒着(1日80Rs)を借りました。安いです。
品物は、高級品です。品質に申し分ありません。画像

 3枚目の写真は、前回添付し忘れた、アマ・ダブラム6856mです。画像
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エヴェレスト街道・その4(村の子)

2008/11/06 22:10
 10月5日(日) パクディン2610m8時10分発(日本時間11時25分。以下、全て現地時間です)。
今日の宿泊先、ナムチェに向かって山歩します。途中、しっかりしたつり橋を何回か渡り、村の手前にある門を
くぐり、今回の街道の高低差が厳しい4箇所の一つをクリアしました。
 ナムチェ3440mに13時に着きました。

 ナムチェまでは、山の緑、牧歌的な村落やタムセルク6608mの山容で、ヒマラヤに来ていることを実感しました。
実のところ、あまりにも日本的な風景であり、気持ちが大変、楽になりました。

 そして、チュモア2950mの村を通過するとき、子どもから、日本語で「こんにちは」の声をかけられ、安らぎとなりました。エベレスト・ベース・キャンプ(E・B・C)まで、物乞いは、一切ありませんでした。画像

 ナムチェは標高、わずか3440mなのですが、高山病の初期的兆候(頭の痛み、食欲のなさ、
吐き気など)が気になりはじめました。
 ガイドに、その旨を話しましたら、風邪の初期かもと言われ、この日から4日ほど、毎晩、寝る前に持参
したパブロンを飲みました。
 なお、ガイドは大学生の21歳・ソンカール君で、EBCには、8回行ったとのことです。大変、優秀なガイドで、
判断が的確で、我慢づよく(私のデジカメ写真の撮影に、黙って耐えました。写真は最終的には632枚保存しました)。ポーター経験も2年ほどあるとのことです。
そして、ポーターの名は、ガジー君で、20歳。専門学校生です。我々は、3人1組のクルーです。

 下の写真は、ナムチェの村です。エヴェレスト街道には、多くのゴミが落ちているわけではありませんが、
ポーター達の吸う葉タバコの金色の包装紙のゴミが目に付きました。画像

 、


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エヴェレスト街道山歩その3(トレッキング初日)

2008/11/06 17:07
 10月4日(土) カトマンズの天気は、良好。国際線の隣にある国内線の待合室には、昨日の客、そして
遊覧飛行の客で、大変な賑やかさです。

 私は、個人旅行ですが、搭乗手続きは、ガイドまかせです。関西?のK夫婦は(エヴェレスト街道トレッキングを
目的)、あのカウンターの喧騒の中を、搭乗ダメと言われても、食い下がり、搭乗券を手にしておりました。

 6時30分発のフライトは、9時40分の離陸となり、エヴェレスト街道トレッキングの玄関口ルクラに10時20分に
到着しました。写真は、ルクラのメインストリートです。画像

 ルクラ・ナマステロッジ発12時で、本日宿泊のパクディンには14時に着きました。

 夕食は、18時30分にしましたが、概ね18時夕食、20時消灯です。朝は、6時起床。7時朝食。8時出発が
基本形であります。10時頃からは、山に雲がかかります。


 下の写真は、パクディン途中のつり橋で、しっかりしたものです。ヤクも通過します。画像
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エヴェレスト街道山歩その2(ルクラ飛行場)

2008/11/06 16:37
 10月2日(木) 本日は、下山後の疲労を想定して、バクタプルの古都を見学しました。
 カトマンズから観光タクシー(カローラの中古タクシーですが、カトマンズでは、高級クラス)で、約40分。
 
 本当に、中世の街に来た感じであります。映画リトル・ブッタの撮影現場とあって、15世紀から18世紀
の3王朝時代の首都であった面影があります。画像
 
 赤茶けたレンガと木造の建物には、市民が生活し、旧王朝が国立美術館としてありました。

 なお、カトマンズ市内は、道路のセンターラインがある箇所は僅かです。運転は、左側通行ですが、どこの道も
横断するには勇気が必要です。

 10月3日(金)は、いよいよ、トレッキングの出発地ルクラに飛び立つ日でありますが、ルクラが曇りのため、
結局フライト中止となりました。
 フライトの最終判断は、午後3時までとのことで、飛行場に9時間待機しました。この日は、禁酒(高山病対策)
を破り、缶ビール1缶(110ネパール・ルピー=日本円で、約200円弱。1Rs約1.7円)を飲まずにはいられませんでした。

 右の写真は、ルクラ飛行場の写真です。中央が管制塔で、飛行場は、斜面になっております。着陸が難しい
です。画像

 後日、無理してフライトした飛行機がルクラ飛行場の手前斜面で墜落し、ドイツ人観光客と乗組員3人の全員が
死亡したとのことです。確かに、ルクラ飛行場は、山あいの傾斜地にあり、定時の離発着は、天候、地形上の
点でも難しいところです。画像


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エヴェレスト街道山歩その1(タイ国際空港に到着)

2008/11/06 16:00
  エヴェレスト街道トレッキングから帰国しました。16回程度その報告をします。

 9月30日(火) 成田発タイ・バンコク行きTG641便は、15時30分(日本時間17時)の定刻より、
早く着きました。
 さて、カトマンズ行きは、明日10月1日の10時35分発なので、乗り換え時間まで約19時間あります。
  写真は、バンコク・スワンナプーム国際空港のコンコースにある展示物です。画像
 24時間離発着のハブ空港というだけあって、広いのです。国際線と国内線の乗継コンコースDだけでも、その
長さ850mです。

 10月1日(水) バンコク10時35分発TG319便は、カトマンズに12時45分(日本時間16時)の定時に着きました。
 カトマンズの第一印象は、日本の昭和20年代後半で、両側商店がある狭い路地に、バイク、自動車、
リキシャ(人力車)、牛などが行き交い、そこに携帯電話を持った、人、人・ひとの流れでした。画像
 
 喧騒と活気、土ぼこり(交通整理の警察官は、全てマスク着用)の街は、印象強烈でありました。
 特に、バイク、タクシーの運転技術は、中国雑技団級のハイレベルの技術であります。画像


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訓練89 目指すぞエベレスト・ベースキャンプ

2008/09/28 14:05
   9月30日(前日、成田に宿泊)出発が迫って来ました。

  「深夜特急」の沢木耕太郎のような体験記を書く旅ではなく、むしろ椎名誠に近い楽天的な旅をイメージ
 しております。
  9月22日は、壮行会の名目で、9人が、向ヶ丘遊園の飲み屋に集結しました。早速、翌日には参加者
 1人の先輩から、平和な日本だからできる、ことのメールを頂きました。肩身の狭いところです。

  この飲み会で、宇宙史137億年、地球史46億年(地球温暖化は、太陽をまわる地球が、円形から離反する
 度合いが、一定でなく、変動しており、約10万年をかけて、円に近い形から、平たい形に変わり、元に戻る。
 そして、地球、自らが、すりこぎのように、ゆっくり自転し、典型的な場合、1万9千年から2万3千年毎に繰り返
 し、傾斜角が増えるにつれ、地球の南極・北極において、夏と冬の気温さが増えることに、影響していることや、  ヒマラヤ山脈は、約4500万前に、インド亜大陸が、かって、現在のマダガスカル島をはさんでアフリカ大陸の
 東海岸とくっついていて、それが分裂し、北上し、ユーラシア大陸と衝突し、そりあがったものであり、エヴェレスト に、 ウミウリなどの化石があること)、生命史38億年(ヒトなど脊椎動物の祖先は、ナメクジウオ類であり、ヒト
 の遺伝子と6割が共通している)ことが、書かれてあることを、得意げに話す積もりでありましtが、アルコールの  勢や互いの近況報告で消滅してしまいました。

  さて、訓練89は、練習最後となった9月24日(水)に、12時55分から16時20分まで、総合グランを56周を
 徒歩的ランニングをしました。(8レーンあるレンーンを1周まわることに違えて走りました。)
  夏の名残のツクツクボウシの鳴き声があり。そして、誰かのオカリナによる「千と千尋の神隠し」曲などが聞こえ ていたのです。誰もいないグランドとはいえ、充実した訓練が出来ました。

  9月25日(木)は、秋草さん、小川さん、稲田さん、浜住さん、安田さん、向山さん、竹内さん、山本さん、そして 島先生に、 午後6時から、今回のトレッキングのコースなどを説明しました。NHKの「天空のトレッキング エヴェ レスト街道を行く」の録画に関心を持ってくれました。この壮行会?は、私がエヴェレストを登ると勘違いをして、
 来られた方には、失望感を与えてしまいました。
  参加者から、旅の忠告などを頂き、ありがたい気持が一杯になりました。確かに、帰国後の生き方に影響を与え る、旅になることを私自身、期待しているところであります。

  特に、9月26日(金)は、9時から19時まで、荷物や資料の最終チェックをしました。

  写真は、装備品・荷物のパッキング前の品々です。ポーター分、本人小ザック、そして腰に着けるポーチの3分  割に仕分けしました。画像
  重さは、ポーター分18kg、機内持ち込み小ザック6kgになり、エコノミークラス20kgの制限を超えております。
  重たいのは、乾電池であります。

  下の写真は、最も参考にした「地球の歩き方」で14年前、4年前、今年購入した本です。今回は、下山後、ネパ  ールの農村にも行く予定です。  

   現地の旅行会社は、ヒマラヤン・アクティビティーズであります。選定理由は、EBCに行けること、HPの掲載
  情報が豊かなこと、メールのやり取りに全く支障がないこと などです。ネパール・トリブヴァン国際空港の駐車
  場で待ち合わせです。画像


  

  、


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訓練75〜88 六ツ石山と連続15日間の訓練

2008/09/18 16:17
 訓練74を初日としたサガルマータ・ベース・キャンプ行きの訓練は、目標の15日間連続訓練を9月15日に
終えました。
 訓練75は、総合グランドを51周しました。ラン途中ではトンボが横切り、ツクツクボウシが主役でありました。
 すでに、コヨミは、9月です。夏を終え、いよいよ今月、出発です。装備のチェックも何回か重ね、その
結果、数々の装備の購入で、訓練経費を含めた予算57万7千円を超える状況となって来ました。

 9月6日(土)のネパールディー・フェステバルを観に日比谷公園に行き、ネパールビール「GORKHA]
1本500円を飲み、ネパールの雰囲気を掴もうとしました。ビールの味は、地ビールの感じで、さほど印象的で
ありませんでした。当日のネパール国内の民族衣装の数々のステージ登場の方が印象的でした。

 訓練81は、多摩川土手の久しぶりの11キロの徒歩的ランでした。さわやかな天気で、月曜とあって静かな、
至福な時間を感じるランでした。ツクツクボウシのおお鳴きで、より一層、秋を感じさせます。

 訓練85。総合グランドでの53周は、150分でありますが、真剣に徒歩的ランをしました。終了後のサウナ
は、いつものように長く居ることは出来ず、肩で息する状況でありました。連続訓練12日目でありす。

 写真は、訓練83の奥多摩の「六ツ石」山頂の写真です。当日9月9日は、画像
 奥多摩駅前を8時25分に出発し、頂上に11時55分に着きました。
 頂上は、写真にあうように小さな草原的広場で、ストーンサークルのある山と思いましたが、自宅で、昭文社の
山と高原地図のガイドを読むと、ボッカ(荷揚げ)訓練に使った多摩川の河原の石が散乱したものとあり、浪漫が
消えました。
 下山後は、町営の「もえぎの湯」に直行し、ビール2本と「さしみコンニャク」のご賞味です。
それにしても、当日、火曜日の午後4時でありますが、露天風呂は、30歳台を中心とした若者で一杯でした。
10人は少々無理なのです。私語として、その青年達からの声の中に、「充実感が無い」、と聞こえてきました。

 もう、1枚の写真は、連続訓練最終日の多摩動物公園のレッサーパンダであります。園内の散歩を兼ねて、
動物写真を撮り、ロッジでデジカメ写真で休養する予定であります。また、ロッジでは、ICレコーダーに5人程度
の歌と余裕があれば、サガルマータ(エヴェレスト)B・Cで交響曲「新世界」を聞くために、CDから、音楽をコピー
しなければなりません。
 この多摩動物公園行きは、敬老の日60歳以上、入園料無料なのです。孫と老人の組み合わせが多かった、
9月15日の曇りの日でした。画像

 そして、9月15日、リーマン・ブラザーズの破綻。16日、アメリカ・インターナショナル・グループのFIB(連邦
準備理事会)による公的資金による救済。あわや、自分の海外旅行保険AIUが無駄になったかと思いましたが、
救われました。しかしながら、、金融再編、リーマンの資産争奪戦は、日本経済に大きな影響となると見込まれます。
 準備も、大詰め、9月18日の本日は、荷物のパッキングをしました。余分なものが無いのですが、エコノミーの
制限重量20キログラムを1キロ、オーバーしてますので、減量をしなければなりません。

 逆戻りの台風13号が関東地方に接近しますが、あと2回程度は、訓練をしたいところです。
そうそう、昨日16日は、成田出発の前日、29日に「成田菊水ホテル」を予約しました。








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訓練74 この人は、だれでしょう

2008/09/01 22:16
  訓練62は、陸上競技場での39周(8月9日)、距離にして、15.6キロを真夏の徒歩的ラン
  ですが、夕立に救われ脱水症状にはなりませんでした。

  その後の訓練は、、トレッキング期間の14日間+観光に耐えられるように、体力に負荷を掛ける
  べく、連続訓練を目指しました。

  前回(6月30日から7月9日)、今回8月12日から、やはり10日目の8月21日までで、目標の
  15日間連続、訓練は出来ませんでした。

  今日9月1日は、いつもの総合体育館で、休養5日目の訓練74をトレイニング室で行いました。
  夏休みも終わり、利用者は、高齢者の割合が多かったです。

  8月12日は、陸上競技場で42周を、15日(金)は、44周を徒歩的ランし、この日の夜は、禁酒
  としました。16日(土)日帰り人間ドックで胃の検査もあります。そして、8月25日眼科で、眼圧
  測定。26日(火)は、歯医者さんで、歯石の除去等をしました。

  さて、右の写真は、駐日ネパール大使の「ガネシュ・ヨンザン・タマン」氏です。誠実な方に見えました。画像

  8月30日(土)には、ヒマラヤ観光開発株式会社による「ヒマラヤの集い」に参加し、その時の撮影です。
  三浦雄一郎さんの息子さん、三浦豪太(ゴウタ)さんの、「8000mからの生還」の講演もあり、内容は、
  濃かったです。
   
   また、当日会場で、エヴェレスト8000mまで登った(2005年5月21日)本多通宏(みちひろ)さん
   (当時66歳)の 「夢をあきらめない」のチームホンダ エヴェレスト登山日誌と呼ばれる本を購入し、
   次の日、一気に読み終えました。
 
   8月中には、富士山を夏季の登山バス(自家用車より安くて、バスの本数が多い)を利用して登る予定
   でした。
    しかし、ゲリラ豪雨の連続、日本海に低気圧があると富士山は天気が良くないので、登る機会を逸しま
   した。

   そのような中で、この本は、写真が豊富で、この21名体制による登頂記録は、訓練に飽きてきた自分
   への栄養剤となりました。

   私の場合は、トレッキングで自分の体に負荷を掛けて、観光、見聞、体験旅行でありますので、温室の
   中での観光旅行の一種であると自覚をしておりますが、同じ風景、エヴェレストの入り口(サガルマータ・
   ベース・キャンプ)を、野口 健さんを見習って環境に注意して、完歩を目指してまいります。

 

 
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訓練61 出発まで2ヶ月を切る

2008/08/07 23:19
 早いもので、4月から4ヶ月を経ました。日々は、午前中の自習英会話(NHK基礎英語2のCDで)練習。
 午後は、筋力トレイニングを基本として、過ごしてきました。

  比叡山の千日修行(山中を千日間、走り続ける修行)をしているのでは、ありませんが。時として、
 訓練のマンネリ化(トレイニングによる人生の時間消化?)して、心身ともに成果は、正直、実感が獲られ
 ておりません。

  訓練56〜58は、いつもの総合体育館のトレ室。
  そして、訓練59は、陸上競技場で31周の走りこみをしました。それが8月1日の午後13時26分から
  で、 約100分を要しました。

  練習だけを目的化して実践に弱い様相は、日本の選手団?のようにも思えます。

  温室栽培のハウス・フルーツのような果物は、本当の味がしません。画像
 
 予定では、富士山のご来光の写真を掲載するところでありますが、京王線よみうりランド駅に行く途中で、一度も 使用していなかったゴア・テックス製品のレインウエアーをザックのサイド(本来は、水筒位置であるところ)から、
 道端に落としてしまい、富士山頂上の防寒対応ができないと考え、自宅の戻りました。(天気の読みも外れ、
 本心は、日曜の夜なので、ゆっくりビールを飲みたいと思っていたのでありますが)

  8月3日新宿西口高速バス19時50分発・富士山5合目行きの7C席の空席は、私でした。
  高価装備品の消失ショックを乗り越え?、 訓練60・61回目は気分の落ち込みの中で、トレイニングしました。

  本日、8月7日は、自分の誕生日です。写真にある雲をヒマラヤの山々に見立て、陸上競技場のトラックを
 120分かけて、35周しました。画像

 下の写真は、パスポートに貼ってあります、ネパール大使館発行のビザであります。

 「地球の歩き方」ネパール編を最初に購入したのが、91〜92年度版で、約17年前からヒマラヤのトレッキングを
 したかったのであります。

 修行に行くのでありませんが、地球温暖化、ベース・キャンプのゴミそして異次元の風景を実感したいと
 思っております。
  時間と金があれば行ける所でない、というところに価値あり、と思っております。
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