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いなぎ山歩会(会員数1名)
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『その日は、ここに』で自分の外出記録を掲載しております。
 また、2008年10月に行きましたエヴェレスト・ベース・キャンプへのトレッキングの模様を掲載しております。
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その日は、ここにP-265笠間の陶芸作品

2013/05/08 10:53
《チヨット一休み》笠間の陶芸作品

 写真は、『陶房「陶の動物園」大ア透さん』の作品。 ※茨城県・“笠間の陶炎祭(ひまつり)” 会場・笠間芸術の森公園にて(2013-5-3)
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その日は、ここにP-236

2013/01/28 15:30
2013-1-17(木) 東京ミッドタウンにある写真展とデザイン展を見に行く

 東京メトロ千代田線・乃木坂駅から徒歩5分ほどの東京ミッドタウンの一角にあります「富士フィルムフォトサロン」に行きました。
 入館無料でありますが、撮影は禁止であります。おおむね、どの作品も近景、遠景がはっきりしております。奥行き感があります。構図よりも色彩の重視で、色どりを鮮やかにするためか、露出度合いが濃く、深みのある重厚感があります。デジタル写真でない作品が多かったと思いました。※フィルム写真は、消滅の傾向にありますが、考古学の発掘現場では、人気があるようです。
 作品の伊藤光治「夜明け前」(山中湖村三国峠にて撮影)、土屋敏政「雪深々」(茨城県守谷市)、中川由紀子「朝の約束(軽井沢町)など200点以上の展示でありました。本日の写真展は、『四季の彩り』(日本写真家連盟主催)であります。</
span>
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 >※ 会場で、会話が聞こえてきました。「年会費、2万円。入会金1万円」「月の例会では、提出作品に対するプロの講評を受けることができる」とのことでした。
 ※添野輝夫の作品「豊満」(写真展のPRホームページより転写)

富士フィルム株式会社も、高齢者の“たまり場”として、一等地を提供しておりました。  ※ 2月の写真展も毎日、開催されています。
※ 写真展示の隣には、小規模ですが、常設の『写真歴史博物館』があります。日本に写真が渡来したのは1848年とのことです。

 富士フィルムフォトサロンの隣の「六本木・東京ミッドタウン ガレリア3階サントリー美術館」に寄りました。
『森と湖の国 フィンランド・デザイン展』が開催中であります。北欧のフィンランド@のデザインとガラス作品を見る人は、圧倒的に若い女性であります。</
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                    P-236
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その日は、ここにP-235

2013/01/28 15:14
画像2013-1-10(木) サンシャインシティでの『プラネタリウム』と
『らん展』を観に行く
池袋駅から、徒歩10分ほどのサンシャインシティは、35年を経過したようです。ここでも、ビル周辺は大きく変わりました。「コニカミノルタプラネタリウム満天」(800円)は、水族館と同様に9階上の屋上に位置しております。
プラネタリウムの上映作品は、「世界遺産 宇宙への祈り」で、冬の夜空が前半で、後半は東大寺の大仏などを投影する40分番組であります。360度に映ります奈良の大仏さんも、新しいプラネタリウムの方向性であります。

そして、『サンシャインシティ世界のらん展2013』(主催、全日本蘭協会)は、本日初日で1月14日までの開催であります。入場無料、撮影OKであります。展示品は、1000点を超え、84,000円から4,000円ほどの蘭の鉢も販売されております。 会場には、近くであろうデーサービスの利用者や外人の見学者が多くおりました。※サンシャインシティは、極東国際軍事裁判などの“スガモ・プリズン”の跡地にできました。                                
なお、会場のワールドインポートビル4階の展示ホールでは、第62回「関東 東海花の展覧会」(2/1〜2/3)、第53回「蘭友会らん展」(5/30〜6/2)などが、やはり入場無料で観ることができます。撮影もOKであります。
    






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    その日は、ここにP-234

2013/01/28 15:02
1月5日(土)
 写真は、映画館に行く途中の、大國魂神社の午後と夕方であります。
 
※映画「007スカイフォール」。007は、日本初公開
1963年で、初代のジェームボンド役は、ショーンコネリー。今回は、ロシアのプーチン大統領似の3作目であります。この第23作目では、ボンドのボスの“M”が亡くなります。また、長崎の軍艦島 (端(は)島(しま))が、マカオ海岸沖の設定で撮影されております。演技はロンドンのスタジオであります。 ※軍艦島は、炭鉱の団地であります。1916年(大正5年)に、日本最初の高層住宅団地が建てられました。


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    P-234
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− タイトルなし −

2013/01/28 14:52
外出記録2013-1/4〜 /

            その日は、ここに  (その30)

2013-1-4(金) 亀戸七福神を巡る
 総武線・亀戸駅(新宿駅から210円)を下車し、蔵前橋通りに出まして、1番目の常光寺の手前に、左側にある宝蓮寺が眼に入ります>。※宝蓮寺は、真言宗智山派で荒川辺八十八ヶ所霊場73番札所とのこと。</span>門前には、弁護士“正木ひろしの墓碑”@ありますとあり、左側には「努力した者には、偶然という橋が架かる」Aという、言葉が掲示されておりました。真言宗の教えにあるのでしょう。  ※下の写真は、亀戸天神社にて

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 ※@ 正木ひろし(1896〜1975年) “近きより”という昭和19年(1944年)の7月号に「・・・・副官型が長官型を真似すると、
        いよいよ副官型を発揮すること、あたかも猿が人の真似をすればするほど猿らしくなるのと同じ・・・・」とのこと。
                         (『昭和史裁判』半藤一利・加藤陽子対談集。文藝春秋社刊P-69より転載)
 ※A「努力した者には、偶然という橋が架かる」 韓国映画に「運命というのは、努力した人に偶然という橋を架けてくれる」
というセリフがあるそうです。
さて、亀戸七福神は、約1時間半程度でまわれるとのことでしたが、この日、3時間ほどを要しました。まわる箇所の道順を間違えたり、お猿さんの芸がありました亀戸天神社にも寄ったせいかも知れません。

                P-232


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エヴェレスト街道山歩・番外編(最終報告)

2008/11/16 15:14
 10月17日(金) 山あいにあるルクラ飛行場を離陸したのは、予定1時間40分を過ぎた、8時40分でした。
 エヴェレスト街道のトレッキングは、計画日程に予備日を必ず設定しておく必要があります。画像

 10月18日(土)は、カトマンズを散策しました。スワヤンプナートを見学。世界遺産で、ネパール最古の仏教寺院があります。
 そして、国立自然博物館や国立博物館(彫像、彫刻、コイン等の展示)を見学しました。

 ボダナートを見学。ネパール最大の仏塔(ストゥーパ)があり、亡命チベット人などによるおみやげ屋さんが、その円形の仏塔を囲んでおります。
 この日、ネパール最大のヒンドゥー教寺院・パシュパティナート寺院にも行きましたが、そこで見た光景は、川岸の円形石台の場で火葬をしており、その川で川遊びをしている子ども、沐浴する人でした。この光景を許容する日常は、宗教観によるものと思います。訪れる観光客の中には、この光景に人生観にも影響をもたらされる人もいると
思います。上の写真は、その川の光景です。橋のところから、観光客が、この光景を観ております。

 10月19(日)は、古都パタンを見学しました。ネワール文化の遺跡が、庶民生活と混在しております。
是非、寄りたい所です。17世紀の五重の塔もみごとです。パタン博物館(旧王朝建物)は、250Rsです。
 この日、カトマンズ市内に戻り、ダルバール広場から、歩いてアサン市場に寄りました。下町風情の中で、露天での野菜売りなどがあり、活気があります。値段も安いです。ネパール・カレンダーも、ここでは、格安です。
 写真は、古都パタンのほんの一部です。画像

 エヴェレスト街道の山歩は、やはり、実行して、色々な面でよかったです。
 メールを頂いた「とっちゃん」、ありがとうございます。湯けむりの温泉を趣味とされ、またラーメンも良いですね。

 そして、「肉じゃが定食」さん、沢木耕太郎のような女性が目の前にいると思いました。行動力に尊敬します。。今後とも、納得できる旅行を体験されることが出来るようお祈りいたします。

 グッドラック
 
 写真の左がエヴェレスト西の肩。中央がエヴェレスト。右がヌプツェです。画像

 皆さん、ありがとう、ございました。
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エヴェレスト街道・山歩 その15(さよならルクラ)

2008/11/08 21:42
 10月16日(木) 本日は、終日、ルクラに滞在。
 ルクラの木曜日には、バザール(定期市)があります。
 狭い広場に、ニワトリ、卵、野菜、肉、梨、バナナ、リンゴ、衣類、香辛料、塩、コメ、小麦、靴類 などなど青空
市場は、お祭りの様相です。写真は、肉の販売です。物々交換は、目にしませんでした。画像

 ルクラの村も端から端まで歩いて、10分もかかりません。ボールペン1本1ドル。ウイスキー小瓶5ドルでした。

 ガイド、ポーターに、おととい渡したチップは半分で、今日、残りの全額を渡しました。喜ばれました。
 気持ちは、すでにカトマンズの10月17日から20日(月)の4日間の過ごし方に、トレッキングとは別の期待感
があふれておりました。

 20時(日本時間23時15分)に夕食を終え、荷物整理です。トレッキング中の自分の出したゴミは、使用済乾電池(日本に持ち帰り)を除いて、全て、ロッジの人に渡しました。荷物は、かなり小さくなりました。
 消灯22時。眠れず。

 下の写真は、カトマンズ・ルクラ間の飛行機の機内を写したものです。乗客席2列で、操縦席は開放です。画像
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エヴェレスト街道・山歩 その14(山里の街道)

2008/11/08 21:15
 10月15日(水) いよいよ、エヴェレスト街道山歩の実質的な最終日です。
  ナムチェ3440m発8時。公園事務所のあるモンジョ2835m発9時45分。

 下山途中、道普請の寄付を、登る時と同じ老人が山路で求めておりました。ツルハシによる人力で、エヴェレスト街道の路をナムチェに向かって、整備が2人で行われておりました。ヤクにとっても歩きやすいように、そして少しでも、ガケの崩壊を防ぐために整備が行われております。
 ナムチェを下った最初の村ジョルサレ2804mでは、コスモスの花が満開でした。写真の左側の路が、山里の
エヴェレスト街道です。画像

 パクディン2610mに11時30分着。ロッジのスプライト500mlが200Rsです。昼食としました。なお、食欲が
無い場合は、フライドポテトとトースト、ブラックティを注文すると良いかもしれません。想像どおりのものが出てきます。
 12時30分に出発し、最後の登りを終え、ルクラ2804mに14時30分に到着。
 早速、ガイド、ポーターと、ささやかな打ち上げ式をしました。少々のビールがききました。夕食をほとんど残しま
した。
 下の写真は、橋を渡るヤクです。ヤクの通過が優先です。画像
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エヴェレスト街道・山歩 その13(ナムチェ村)

2008/11/08 17:29
10月14日(火) エヴェレスト街道・山歩11日目です。
 6時起床。7時丁度にパン屋でモーニングコーヒー。
休養日でありますが、本日もナムチェ泊なので、10時より、ナムチェ村の高台にあります国立公園博物館に
行きました。
 カトマンズと同様に、国の施設には、銃を持った国軍兵士が入り口に配置されております。
博物館の外では、山々が眺望できます。

 覚えました。手前、右側から、タムセルク、アマ・ダブラム、そして、遠くの右がローツェ、エヴェレストも、ちょっぴり
見えます。1番左が、ヌプツェですが雲で隠れております。
 近場で、クーンブの山々が見える場所ですが、少々、息がはずむ、ナムチェ村の高台にあります。

 写真は、ナムチェ村の70%程度の姿です。画像

 やっと食欲が出てきた日です。夕食18時に、めん料理のトゥクパとモモ(蒸しギョウザに似て、野菜モモか肉入れモモ(チキン入り)があり、野菜モモには、ニンジン、ジャガイモ、春菜、ダイコンなどが入ったチベット料理です。シュウマイ形がネワール料理です)。
 満足しました。持参の焼き海苔・醤油で美味しく賞味しました。

 参考ですが、ナムチェでのロッジ・レストランの値段(1Rs≒1.7円)ですが、ブラックティ25Rs、ミルクティ35、ガーリックトースト120、フライドライス180、ツナサンド220、缶コーラ150、瓶コーラ200、オレンジジュース(缶ジュース)150、缶ビール250、ローヤルステーキ330。ホットシャワー200Rsです。

 下の写真は、国立公園博物館の近くにある民族自然博物館に併設されております写真展示室に掲げられている
エヴェレスト女性初登頂者の田部井淳子さんの写真です。(左の人)画像
 
 明日は、事実上のトレッキングの最終日であります。最後に、200mの登りがあります。
 そして、いよいよ、ビールが飲めます。

 
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エヴェレスト街道・山歩 その12(ヤクの通過)

2008/11/08 16:29
 10月13日(月) パンボチェ3985m8時30分着。タンボチェ3867mを経て、ブンキ・テンガ3250mまで、
一気に下がります。
 下りも大変です。登りは、胸はずみ、気持ちのうれしさがあったのでしょう。この600m高低差が、さほど、苦に
ならなかったのです。しかし、下りにしては、時間を要しました。杉の香りの中、いつものヤクやポーター達の通過
を待ち、そしてヤクのフンに気をつけながら、ブンキ・テンガに11時10分に着きました。画像

 下り、登りの連続ですが、確実に下山中です。気持ちは、ナムチェ村の繁華街です。パン屋あり、みやげもの屋
あり、チョコレートも、他より安いです。

 ゴーギョ・ピークへ行く分かれ道サナサに12時35分着。キャンヅマ13時10分発。そしてナムチェ14時40分着。

 本日まで、ロッジ宿泊日数を計画より3日分短縮しております。ルクラ行きが1日分延期しておりますので、2日間
を体力の休養として、ナムチェに、もう1泊(ナムチェに延べ4泊)、ルクラに1泊追加(ルクラに延べ2泊)することに
しました。画像

 ナムチェでも、登りと同じロッジに宿泊(宿泊ロッジの選定は、ガイドの腕であり、ガイドにとっても友達や親しみ
のある所を選定)。久しぶりに、シャンプーを使いました。食欲も出てきました。

 下の写真は、ナムチェでのヤクの通過です。
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エヴェレスト街道・山歩 その11(遠ざかる山々)

2008/11/08 15:41
 10月12日(日) ゴラクシェプ9時発。本日から、下山です。エヴェレストが小さくなります。振り向けば、
ヌプツェも遠ざかります。左手の灰色のクーンブ氷河も見納めです。
 青空の中を、ヤクが鈴の音をカランコロンと響かせながら、目の前を通り過ぎて行きます。画像

 ロブチェ4930mに11時着。ロッジ前の氷河の水で、顔を洗います。冷たさが、体全体に滲みます。

 対岸の中腹に横一線の道があります。そのがれきの山肌とこの河原は、かっては、氷河があった場所です。
トゥクラ4620mあたりから、風が強まりました。風がビュービューと叫びます。がれきの山肌から、川原をめくる
ように、吹いています。

 ペリチェの村が遠くから見えますが、歩いても、歩いても距離が縮まりません。画像
 空気が澄んでいるのです。そして、空気は乾燥し、ツバが飲み込めません。口で息しておりますが、風が強く、
冷たいです。

 14時10分ペリチェ着。ロッジ兼レストランは、暖房をしておりました。お茶のみで、昼食はパス。
 本日の宿泊地パンボチェ3986mに16時10分着。夕食は、体調が悪いわけではありませんが、本日も食欲
無しです。
 でも、寝る前には、「トンカツ定食、寿司、カレーウドンが食べたい。ビールを飲みたい」と、口にして寝ます。
消灯、21時。

 

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エヴェレスト街道・山歩 その10(EBCに着く)

2008/11/08 15:08
 10月11日(土) 5時起床。ゴラクシェプ5150m5時15分発〜カラパタールの丘〜ゴラクシェプにて朝食兼
昼食(香辛料入り、どろっとしたタンメン的インスタントラーメン風)を食べ、10時45分出発。EBC着14時50分。
EBC15時15分発〜ゴラクシェプに18時5分着。真っ暗なるも月は輝く。
 なお、標準タイムは、ゴラクシェプ〜EBC間3時間45分。EBC〜ゴラクシェプ3時間30分の7時間15分。
ガイドは、6時間を要するとみましたが、実際は、EBCでの滞在時間を含めて7時間20分を要しました。
 エヴェレスト街道4つの急登の最後、カラパタールの丘5545mは、思いのほか、すんなりと登れました。
北にプモリ7165m、そしてエヴェレスト8848m、手前にエベレスト西の肩、エヴェレストのサウスコルの隣が、
ローツェ8516mですが、手前にはヌプツェ7879mがあり、見えません。更に右側(東方)にアマ・ダブラム6856mが小さく見えます。

 カラパタールの丘は、立派な頂上の感があります。この日、風は無く、目の前にエヴェレストがあり、
アイスフォールも見えます。いつもは、強風のある頂とのこと。写真は、正面がカラパタールの丘からの
エヴェレストです。画像

 急がなくてはなりません。エヴェレスト・ベース・キャンプ(EBC)があります。朝食兼昼食も、そこそにして
気持ちは急ぎました。しかし、EBCが遠いのです。道は、岩で、また氷河の上の道は、効率的なルートが
なかなか選択できません。 ガイドの何回も、歩くコースのアドバイスを受け、14時50分に着きました。画像


 ロッジに戻るまでに、日が落ちる時間帯です。当然に、後から来るトレッカーは居りません。行きで、出会ったトレッカーは、2人でした。

 ベースキャンプを散策する時間はありませんでした。小石を記念に拾い、氷の上に大きな岩が乗っかっている
写真などをとるだけとなりました。

 温暖化です。土ぼこりをかぶった氷河が、目の前で融けております。勢いよく融けております。足元の道が、
ミシミシ音がします。

 どこかの国のレポーターがカメラの前で、早口に何かを叫んでおりました。テントの数は多いです。画像       ゴラクシェプの約1Km手前で、陽は、完全に落ちました。体力を過信した訳ではありませんが、
大変、遅い帰還となりました。
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エヴェレスト街道・山歩その9(クーンブ氷河)

2008/11/08 13:37
 10月10日(金) 当初計画では、ゴラクシェプ5150mの途中にあります、トゥクラ4620mとロブチェ4930m
のロッジに刻みながら、高度順応のために宿泊する予定でした。

 高山病の気配も無いので、急登の3つ目を本日、一気に行きます。ディンボチェ4350mを8時10分に出て、
ゴラクシェプに16時50分に着きました。

 ヒマラヤン・ブルーの空と景観が背中を押してくれます。ゆっくり、ゆっくり、と思いながらも、快調に足がでます。
 写真は、ゴラクシェプ手前の山々です。画像

 ゴラクシェプは、今回の目的地エヴェレストベースキャンプ(EBC)5364mとカラパタールの丘(5545m)
への最終宿泊ロッジ(クーンブ氷河の1番奥のロッジ)があるところです。

 ゴラクシェプ5150mのロッジも、予想を超えて、整頓された立派な建物でした。トイレも綺麗です。
驚くことに、2歳の子どもがロッジ経営者の若い両親と一緒に、楽しげに暮らしているのです。
行動食のビスケットを、少々ですが、全部渡してきました。

 次の写真は、ロッジに着いてから気づきましたが、クーンブ氷河です。
雪が夏に降らないため、土砂や土ぼこりで灰色をなし、うねりが静止しているように見える景観でした。

 氷河のてん末。白い、巨大な氷のかたまりが、やがて融け、大きな石が残り、石は風雪で、次第に小さくなり、
川原となり、やがて草がはえ、せせらぎが聞こえてくるのが、一般的な推移ですが。画像

 
 下の写真は、カラパタールの丘の、極めて手前から撮影した、ゴラクシュプロッジの全景です。干上がった氷河湖
(現在は、砂地)の写真上部の建物群がロッジです。

 エヴェレスト街道には、山の写真を趣味とする方は、絶好のポジションが何箇所もあります。
 そして、地質学に関心のある方にも良い教材として実感できます。

 明日は、いよいよ目的地です。20時消灯。食欲が無い中でも、「あー、寿司が食べたい!」で
深く眠りました。画像
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エヴェレスト街道・山歩その8(雪のカーテン)

2008/11/07 16:05
10月9日(木) 高度順応のため、チュクン4743mまで行きました。
 本当は、その先のイムジャ湖まで行き、地球温暖化で、年々、氷河湖の面積が増えている実態を
写真にしたかったのですが、片道3時間ということなので、体力を考え中止しました。

 写真は、チュクンからみた雪のカーテンです。
濃紺のヒマラヤンブルーと地上の区切りは、山の白壁のカーテンです。 画像

 パノラマ写真の技術がれば、良いのですが、想像で我慢してください。光輝く、印象が今も残っております。




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 ロッジの客は、圧倒的に欧米人で、ドイツ人、フランス人が6割程度、それにスエーデン等の北欧、さらに中国人、韓国人でありました。最後まで、ロッジでは日本人と一緒でありませんでした。日本人は、10月下旬から多くなるとのことです。

 下の写真は、エヴェレスト8848mより登頂が難しいと言われておりますローツェ8516mです。
大岩壁と3つの頂があります。画像
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エヴェレスト街道・山歩その7(あれが、ローツェだ)

2008/11/07 15:41
 10月8日(水) 宿泊地パンボチェ3985mを8時15分に出て、ディンボチェ4350mに、10時35分
に着きました。本日の山歩は、これで終了です。
 パンボチェの、このロッジには、明日も泊まります。大切な2日間の高度順応日となります。

 食欲が無いので、簡単なネパール風ピザ(具なしの、きじのみ)Chapatiを注文しましたが、普通のフライドポテト
とトーストが口に合います。各、ロッジともメニューが豊富です。

 写真は、パンボチェから見たローツェです(右端の山)。明日は、もっと身近に見えます。画像

 高山病対策は、対策用の薬(効果不明)に頼ることなく、絶対禁酒(アルコールは体内の酸素を奪う)で、
ゆっくり、ゆっくり、と登り、空気を口、鼻からも、充分に吸うことだと思います。

 なお、大変、空気が乾燥しており、ツバも飲み込めない状態になります。ガイドなどは、ホコリよけでなく、
口にタオルをまいておりました。欧米人の中にも、しゃれたタオル?を口元にまいておりました。

 そして、高山病予防に大切なのは、水分補給です。夜のトイレの回数多くなりますが、水分補給が、高山病になるか、ならぬかの分かれ道です。

 今までで、予想外は、ロッジが清潔できれいなこと。そして、ロッジにホットシャワーがあること(私は、
シャワーの温度が低いこと、カゼを心配してナムチェ以外では、使用しませんでした)、ロッジの室内温度
が、ディンボチェ4350mの20時頃で8.4度もあることでした。(デジカメの乾電池は、0℃以下に弱いので、
大量にアルカリ乾電池を持参しましたが、無駄でありました)

 写真は、ありませんが、パンボチェの村の子供4人が、ヤクのフンを一生懸命に、こねているのも印象的で
した。パンボチェロッジの食堂兼レストランの暖房は、そのヤクのフンを平たいタドンのようにした燃料であり
ます。
 各、ロッジとも、水力発電や太陽光のソーラーなどが使われております。

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エヴェレスト街道・山歩その6(タンボチェで休憩)

2008/11/07 14:49
 10月7日(火) 本日は、急登4つの2つ目です。今回は、事前の訓練を重ねて来ました。奥多摩での訓練では、奥多摩駅から3回の訓練をしました。
 でも、その時の訓練は、下山後に温泉、ビール、さしみコンニャクがあり、疲れを癒すことができました。
今回の山歩は、未知の世界へのワクワク感が前進促進剤です。

 さて、ナムチェ3440mから、いったん高度を下げて、ブンキ・テンガ3250mからタンボチェ3867m
をまず登ります。途中、ロッジはありません。

 荷揚げしているポーター達やヤクの通過待ちが、息を整えるひと時です。
 写真は、タンボチェで休憩するトレッカー、ガイド、珍しい女性ポーター(左端)です。画像

 ナムチェを8時に出発し、タンボチェでは、、加藤保男氏や湯浅達男氏そしてローツェ初登頂で下山時の遭難した
ネパール女性の慰霊碑とタンボチェ・ゴンパ(チベット仏教徒の修行寺)に寄り、拝礼をしました。

 下の写真は、タンボチェ・ゴンパ内の写真です。
 なお、タンボチェのベーカリーで、2個のケーキと小ポットのお茶で400Rsですので800円弱でした。画像

 なお、記憶では、ロッジの 素泊まり料金は、ナムチェで、200〜300Rs。1番奥のゴラクシェプで、400〜
500Rsだったと思います。

 今回の山歩中で、体調が1番悪かった頃です。ミルクティを止めたり、イソジン・ガーグルでうがいをし、
山歩中は、上着をこまめに、着たり、脱いだりして体温調整に努め、夜は、寝袋に2本の水筒を湯たんぽとし、
更に、寒い時は、持参のホッカイロで防寒対策をしました。


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エヴェレスト街道・山歩その5(ナムチェ滞在)

2008/11/06 22:44
 10月6日(月) 本日は、ナムチェに滞在し、高度慣らしの日です。
日本人経営のホテル・エベレストビューに向かう途中、63歳の日本人夫婦に出会い、
ガイド、ポーターへのチップの話をしながら、久しぶりの日本語会話をしました。

 写真は、りんどうのような紫色のある高山植物です。画像
 なお、ホテル・エベレストビューのテラスで飲んだブラックティは、スモールポット(約4杯分)で、400円弱です。
このホテルのテラスは、満員でした。テラスからの景観は、残念ながら快晴でなく、ローツエ8516mは見えましたが、エヴェレスト8843mは雲の中でした。

 高度順応の一環として、クムジュン村に行き、エヴェレスト初登頂者といわれるヒラリー卿の建てた学校を
観てきました。このクムジュン村の家々は、青と白の塗装をしたロッジ経営の綺麗な建物でした。

 下の写真は、今回、延べ4回かよったパン屋(左側のベーカリー)です。朝7時開店です。

なお、このパン屋から、すぐのKARA PATHAR SHOP(プロの間では、有名な店)で、レンタル(保証金
150ドルが必要。全額戻ります)の寝袋(1日100Rs)、防寒着(1日80Rs)を借りました。安いです。
品物は、高級品です。品質に申し分ありません。画像

 3枚目の写真は、前回添付し忘れた、アマ・ダブラム6856mです。画像
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エヴェレスト街道・その4(村の子)

2008/11/06 22:10
 10月5日(日) パクディン2610m8時10分発(日本時間11時25分。以下、全て現地時間です)。
今日の宿泊先、ナムチェに向かって山歩します。途中、しっかりしたつり橋を何回か渡り、村の手前にある門を
くぐり、今回の街道の高低差が厳しい4箇所の一つをクリアしました。
 ナムチェ3440mに13時に着きました。

 ナムチェまでは、山の緑、牧歌的な村落やタムセルク6608mの山容で、ヒマラヤに来ていることを実感しました。
実のところ、あまりにも日本的な風景であり、気持ちが大変、楽になりました。

 そして、チュモア2950mの村を通過するとき、子どもから、日本語で「こんにちは」の声をかけられ、安らぎとなりました。エベレスト・ベース・キャンプ(E・B・C)まで、物乞いは、一切ありませんでした。画像

 ナムチェは標高、わずか3440mなのですが、高山病の初期的兆候(頭の痛み、食欲のなさ、
吐き気など)が気になりはじめました。
 ガイドに、その旨を話しましたら、風邪の初期かもと言われ、この日から4日ほど、毎晩、寝る前に持参
したパブロンを飲みました。
 なお、ガイドは大学生の21歳・ソンカール君で、EBCには、8回行ったとのことです。大変、優秀なガイドで、
判断が的確で、我慢づよく(私のデジカメ写真の撮影に、黙って耐えました。写真は最終的には632枚保存しました)。ポーター経験も2年ほどあるとのことです。
そして、ポーターの名は、ガジー君で、20歳。専門学校生です。我々は、3人1組のクルーです。

 下の写真は、ナムチェの村です。エヴェレスト街道には、多くのゴミが落ちているわけではありませんが、
ポーター達の吸う葉タバコの金色の包装紙のゴミが目に付きました。画像

 、


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エヴェレスト街道山歩その3(トレッキング初日)

2008/11/06 17:07
 10月4日(土) カトマンズの天気は、良好。国際線の隣にある国内線の待合室には、昨日の客、そして
遊覧飛行の客で、大変な賑やかさです。

 私は、個人旅行ですが、搭乗手続きは、ガイドまかせです。関西?のK夫婦は(エヴェレスト街道トレッキングを
目的)、あのカウンターの喧騒の中を、搭乗ダメと言われても、食い下がり、搭乗券を手にしておりました。

 6時30分発のフライトは、9時40分の離陸となり、エヴェレスト街道トレッキングの玄関口ルクラに10時20分に
到着しました。写真は、ルクラのメインストリートです。画像

 ルクラ・ナマステロッジ発12時で、本日宿泊のパクディンには14時に着きました。

 夕食は、18時30分にしましたが、概ね18時夕食、20時消灯です。朝は、6時起床。7時朝食。8時出発が
基本形であります。10時頃からは、山に雲がかかります。


 下の写真は、パクディン途中のつり橋で、しっかりしたものです。ヤクも通過します。画像
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エヴェレスト街道山歩その2(ルクラ飛行場)

2008/11/06 16:37
 10月2日(木) 本日は、下山後の疲労を想定して、バクタプルの古都を見学しました。
 カトマンズから観光タクシー(カローラの中古タクシーですが、カトマンズでは、高級クラス)で、約40分。
 
 本当に、中世の街に来た感じであります。映画リトル・ブッタの撮影現場とあって、15世紀から18世紀
の3王朝時代の首都であった面影があります。画像
 
 赤茶けたレンガと木造の建物には、市民が生活し、旧王朝が国立美術館としてありました。

 なお、カトマンズ市内は、道路のセンターラインがある箇所は僅かです。運転は、左側通行ですが、どこの道も
横断するには勇気が必要です。

 10月3日(金)は、いよいよ、トレッキングの出発地ルクラに飛び立つ日でありますが、ルクラが曇りのため、
結局フライト中止となりました。
 フライトの最終判断は、午後3時までとのことで、飛行場に9時間待機しました。この日は、禁酒(高山病対策)
を破り、缶ビール1缶(110ネパール・ルピー=日本円で、約200円弱。1Rs約1.7円)を飲まずにはいられませんでした。

 右の写真は、ルクラ飛行場の写真です。中央が管制塔で、飛行場は、斜面になっております。着陸が難しい
です。画像

 後日、無理してフライトした飛行機がルクラ飛行場の手前斜面で墜落し、ドイツ人観光客と乗組員3人の全員が
死亡したとのことです。確かに、ルクラ飛行場は、山あいの傾斜地にあり、定時の離発着は、天候、地形上の
点でも難しいところです。画像


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